つわりで仕事を休む社員の対応とは?妊娠初期の働き方と企業の義務

妊娠初期のつわりは多くの妊婦が経験するつらい症状です。吐き気やめまい、食欲不振などさまざまな形で表れ、仕事への影響が大きい場合、どう対応すべきか迷う社員も少なくありません。
企業には、妊娠中の社員が健康を維持しながら働ける環境を整える義務があります。
本記事では、つわりの具体的な症状や対応策を解説するとともに、企業側が配慮すべきことについて、わかりやすくお伝えします。つわりに苦しむ社員を適切に支える方法を理解し、職場環境を整えるための具体策を把握しましょう。
仕事に支障をきたすつわりの症状
つわりは妊娠初期の5〜15週ごろに全妊婦さんの半数以上に出現します。
主な症状は吐き気や嘔吐、めまい、食欲不振などです。個人差が大きく、一部の妊婦は日常生活が困難になるほどの影響を受けます。
具体的な症状について、日本産科婦人科学会のガイドラインをもとに解説します。
参考:公益社団法人日本産科婦人科学会「産婦人科診療ガイドライン―産科編 2023」
症状①吐き気・嘔吐
つわりの中で最も多い症状が吐き気と嘔吐です。とくに空腹時や特定の臭いを嗅いだときに症状が強まることがあります。
仕事中でも休憩時間にトイレに駆け込むなど、日常業務に支障をきたすケースも少なくありません。原因としてはホルモンバランスの変化や胃腸の運動低下が挙げられていますが、明確には解明されていません。
食事や水分摂取が難しくなり、脱水症状に陥るリスクもあるため注意が必要です。
症状②めまいや頭痛
妊娠初期には、めまいや頭痛を訴える女性も多くいます。デスクワーク中に立ち上がった瞬間にバランスを崩したり、一日中頭痛に悩まされたりすることも多いです。
これらの症状の原因には、ホルモンバランスの急激な変化や脱水が考えられます。
また、血管拡張にともない立ちくらみ(起立性低血圧)を招くこともあり、高温多湿や緊張を強いられる職場環境では、症状が悪化する可能性があります。
症状③食べないと気持ち悪い・食欲不振
空腹になると吐き気がする「食べづわり」といい、「食欲不振」とともに妊娠初期に多く見られるつわり症状の代表例です。
食べづわりは「何か口にしていないとムカムカする」と感じるケースが一般的です。とくに空腹時や胃の中が空っぽになる早朝に症状が表れやすいので注意が必要です。一方で、「食欲不振」は吐き気が強く食欲がわかない症状です。
とくに通勤時の混雑があったり、職場で適切なタイミングでの食事がとれなかったりすると「食べづわり」や「食欲不振」の症状が悪化することもあります。こうした場合、適切な環境や配慮が必要です。
つわりが重症化して妊娠悪阻になることも
通常のつわりは妊娠中期(16〜27週)あたりには終わることがほとんどです。しかし、全妊婦さんの0.5~2%はつわり症状が悪化し「妊娠悪阻(にんしんおそ)」と呼ばれる状態になり、治療や入院が必要となる場合があります。
妊娠悪阻の特徴的な症状は以下のとおりです。
- 1日中続く頻回の嘔吐
- 食事摂取困難
- 5%以上の体重減少
妊娠悪阻では、全身状態が著しく悪化し、脱水や代謝障害を起こしている状態といえます。妊娠悪阻と診断された場合、入院治療が必要となることが多く、点滴によるビタミン類の補充や脱水の補正など適切な全身管理が行われます。
つわりで休職する明確な基準はない
企業がつわりの社員に対して配慮する明確な休職基準はありません。
しかし、社員がつわりで休職を検討する際には、母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)を活用することで、企業側は迅速かつ適切に対応できます。
母健連絡カードは、医師が妊婦の健康状態をもとに以下のような必要な措置を指示するための公式文書です。
- 自宅療養や入院のための休業
- 勤務時間の短縮
- 業務内容の変更
企業は母健連絡カードに記載された必要な措置に対応することが義務づけられています。なお、母健連絡カードの提出のみで診断書を追加で求める必要はありません。
母健連絡カードは厚生労働省のウェブサイトでダウンロード可能で、多くの母子手帳にも様式が記載されています。
ただし、カードの提出がなくても労働者本人からの申し出内容が明確であれば、企業は労働者本人からの申し出内容に基づき適切な措置を講じる義務があります。
さらに、指導内容が不明瞭な場合には、本人を通じて主治医へ確認を求める配慮も必要です。母健連絡カードは補助的な役割を果たすツールであり、提出の有無にかかわらず柔軟かつ迅速に対応できるように調整してください。
参考:厚生労働省「母性健康管理指導事項連絡カードの活用方法について」
つわりに苦しむ社員に果たすべき企業の義務
妊娠している社員が健診を受けた結果、医師から通勤や業務についての配慮が必要だと指導があった場合、必要な措置を講じることが求められます。
必要な措置として以下の例があります。
- 通勤の緩和
- 休憩に関する措置
- 症状に対する配慮
社員が安心して働ける職場環境を整えるために求められる措置について、以降で具体的に説明します。
通勤の緩和
つわりに悩む社員には、通勤の負担を軽減するための配慮が必要です。具体的には以下のような措置が考えられます。
- 時差出勤:通勤ラッシュを避けるために始業時間や終業時間を調整する
- 短時間勤務:体調に合わせて勤務時間を1日30~60分程度短縮する
- 交通手段の変更:混雑の少ない経路へ変更する
通勤の緩和の措置は、妊婦の体調を考慮するだけでなく、通勤中のリスクを減らし、安全を確保するためにも重要です。
とくに、長時間の立ちっぱなしは、つわりの症状の悪化や流産、早産のリスクを高める可能性があります。
安全に通勤できるように配慮することで、つわり中の負担を軽減できるでしょう。
休憩に関する措置
妊娠中のつわり症状は、仕事中にも表れることが多いため、適切な休憩時間を確保することは企業にとって重要な配慮事項です。
企業側は以下のような対応が求められます。
- 休憩時間の延長:妊婦の体調に応じた追加の休憩を柔軟に認める
- 休憩の頻度を増やす:体調が不安定な時間帯には、小刻みな休憩を取り入れる
- 休憩場所の整備:妊婦がリラックスできる休憩スペースや椅子を設ける
休憩時間を通常よりも長くしたり、必要に応じて頻繁な休憩を許可したりすることで、つわりによる業務への影響を軽減できます。また、休憩中に補食をとれる環境を整えることも効果的です。
症状に対する配慮
妊娠中の社員が安全かつ快適に働くためには、業務内容や職場環境への配慮も重要です。
企業が実施できる具体策は以下のとおりです。
- 作業の制限:立ち仕事や重労働を避け、身体的負担の少ない業務に転換する
- 環境の改善:においや騒音がつわりを悪化させる場合には、作業場所を変更する
- 業務量の調整:繁忙期の負担を減らし、業務をチームで分担する体制を整備する
時間外労働や深夜業、重量物や有害物質を扱う業務など、妊娠や出産に悪影響を与える業務は労働基準法で制限されており、企業はこれらの業務を免除する義務があります。
つわりでつらい妊娠初期の社員へのサポート
つわりを抱える妊婦社員へのサポートは、個々の状況に寄り添った柔軟な対応が必要です。企業は、妊婦の健康を守りながら業務を円滑に進めるために以下のような支援を行いましょう。
- 母健連絡カードに基づき対応する
- 産業保健スタッフへの相談を促す
- 勤務形態・業務内容を見直す
- 休暇制度を整備する
- プライバシーに配慮する
それぞれの対応について詳しく解説します。
母健連絡カードに基づき対応する
「母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)」は医師が妊婦さんの健康状態をもとに必要な措置を指示するための公式文書で、追加の診断書を求める必要はありません。
また指導内容が不明瞭な場合には、本人を通じて主治医へ確認を求めることも必要です。
母健連絡カードの使用手順は以下のとおりです。
- 妊娠中の社員が病院を受診
- 医師が必要な措置を判断し、カードに記載
- 社員がカードを企業に提出し、措置を申請
- 企業は指示内容に従い対応を実施
企業は母健連絡カードの提出があった場合や、カードの提出がなくても本人の申し出があれば、内容に基づき迅速かつ適切な対応を行う必要があります。
企業は母健連絡カードの存在を社員に周知し、スムーズに対応できる体制を整えることが大切です。
産業保健スタッフへの相談を促す
つわりに悩む社員は、次のような悩みを抱えることが少なくありません。
- 今、自分が抜けるわけにはいかない
- 休職したいけど職場に迷惑をかけたくない
- 今後のキャリアに悪影響が生じるのは困る
このような背景を理解し、産業保健スタッフへの相談を促すことが効果的です。
産業保健スタッフは、勤務時間の調整や職場環境の改善について具体的にアドバイスし、心理的負担を軽減する役割も果たします。企業は産業保健スタッフとの連携を強化し、社員が気軽に相談できる体制を整えましょう。
また、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法に基づき、妊娠や出産を理由とした不利益な扱いを防止することで、妊娠中の社員がキャリアを継続できる体制を構築することが重要です。
勤務形態・業務内容を見直す
つわり症状がつらい社員には、勤務形態や業務内容の見直しが有効です。具体的には以下のような施策が考えられます。
- においつわりへの配慮:においが強い職場からの配置転換
- 通勤ストレスの軽減:在宅勤務やフレックスタイム制度の導入
- 業務分担の調整:ほかの社員と協力し、妊婦の負担を軽減
満員電車の回避や在宅勤務の導入は、症状の悪化を防ぐための効果的な手段です。
業務量の調整も重要で、チームで協力して業務を分担する仕組みをつくると、妊婦の社員だけでなく周囲の職員の負担の軽減にもつながります。
休暇制度を整備する
つわりや妊娠悪阻で仕事を休まざるを得ない社員が、安心して休暇を取れるように企業側のサポートが大切です。有給休暇を使い切った場合でも、特別休暇を用意しておけば、妊婦の社員が無理せず体調を整える時間を確保できます。
また、妊娠悪阻で長期休職が必要な場合、健康保険から支給される傷病手当金の利用方法を社員に周知することも大切です。欠勤が育児休業給付金の給付額に影響を与える可能性があるため、休暇取得に伴うデメリットを防ぐ取り組みも必要です。
妊娠中の社員が安心して働きながら必要な休息を取れるよう、適切な休暇制度を設けることが、長期的に働きやすい職場環境づくりにつながります。
プライバシーに配慮する
妊娠初期はつわりだけでなく流産のリスクも高い時期です。
そして、多くの女性が妊娠の事実を周囲に知られたくないと感じることがあります。企業は、安定期(妊娠16~27週)に入るまでの不安定な状況を理解し、適切に配慮することが求められます。
情報共有は必要最低限にとどめ、妊娠の事実や症状については、直属の上司や人事担当者など限られた関係者にのみ伝えるようにしましょう。
また、日頃から信頼関係を築いておくことで、妊婦社員が不安を軽減し必要なタイミングで相談しやすい環境をつくることが大切です。
つわりの症状に配慮して、体調にあった選択肢を
つわりの症状には個人差があるため、企業が社員一人ひとりの体調に応じた柔軟な選択肢を用意することが重要です。
短時間勤務や作業環境の改善など、妊娠を含めた健康とキャリアを両立できる職場環境の整備を目指しましょう。
また、母健連絡カードを活用した具体的な配慮や、特別休暇の導入、傷病手当金の周知など、休暇制度の充実も欠かせません。社員の健康と働きやすさを最優先に考え、妊娠初期の不安や症状に寄り添ったサポートを提供できるように調整されてみてください。
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