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医療現場の伝統的風習に疑問を「大人数で回診は必要?」-佐藤将人・合同会社SUGAR代表CEOに聞く◆Vol.2

医療従事者の働き方「社会的・精神的暴力になるのでは」と思うことも

常態化する過重労働、それを受け入れてしまう組織風土――。医療現場の働き方には課題が山積している。労働環境改善のため経営陣や現場スタッフはどのような行動を取るべきなのか。産業医サービスを展開する合同会社SUGAR(宮城県仙台市)の佐藤将人代表CEO自身が臨床医時代に感じた数々の違和感について、多角的視点から方策を探ってもらった。(2023年4月24日インタビュー。全2回連載の2回目)

佐藤将人氏

――医療従事者の過重労働が常態化している医療機関はまだ多く存在するように思います。ご自身の経験に照らして、医療現場の働き方の課題をどう見ますか。

私自身が臨床医をしていたときに、たとえば月の時間外労働が200時間、それなのに大半がサービス残業という職場もありました。上司や使用者から「医師になったら土日どちらも休む働き方は無理だよ」と直接言われたこともあります。そういった意識が医療従事者に根付いてしまっているのが問題の一つかと思っています。

今でいうSDGsとは逆行するような、Sustainableだけの持続可能でもなく、その先のSustainable Developmentの持続的発展もないような自己犠牲をいとわない働き方で成り立っている現実があります。心身ともに疲弊してリタイアしてしまった同僚もいます。

私は宗教や哲学や歴史を学ぶのが好きで、「インド独立の父」と呼ばれるマハトマ・ガンディーの非暴力・不服従の生き方を尊重しています。極端な話ですが、このような過重労働を続けて、後輩に同じような働き方を強いることは身体的暴力ではないとしても社会的・精神的暴力になるのではないかと思っています。そして、自分がこのように苦痛を感じたことを、自分が受けたのと同じように後輩に強いることは非暴力から逸脱すると思っています。だからこそ、自分はそのような臨床の場から離れるという不服従を選択したのかもしれません。

 ただ、産業医としての経験を積むにつれて、医療職の職場環境改善というのは数ある職種の中でも一番難しいのではないかとも感じています。理由の一つは、先ほど説明したような私が感じた社会的・精神的暴力を感じる医療従事者はいたとしても、後世に同じことを強いないようにする人は人間心理的に少ないためです。この心理状態は、今日では批判もありますが、スタンフォード監獄実験(ミルグラム実験)の最近の検証でも、多くの人は組織やルールに同調して期せずして苦痛を他人に強いてしまう傾向があるとされています。

また、もう一つの大きな要因としては、医療職は良くも悪くも伝統や慣習を強く重んじる傾向があり、一人の医療従事者が「これは違うのでは?」と思ったことを気軽に相談し合えるような状態である「心理的安全性」がとくに低い傾向にあるのではないかと個人的に思っています。たとえるなら、医療従事者の職場における心理的安全性は昭和を通り越して、いまだに江戸時代末期の封建制度に勝るとも劣らないレベルなのではないかと思ってしまう程度です(笑)。幸いにも今日の医療の心理的安全性のレベルは江戸初期などではなく、明治維新が起こる直前かもしれず、誰かが吉田松陰や高杉晋作、坂本龍馬などのように変革の推進を担っているかもしれませんが、まだ年単位で時間を要することを予想しています。

加えて、医師は医師法19条の正当な理由なくして患者の診療を拒んではならない応召義務と労働基準法第32条を基礎とした法定労働時間という制約の、ある意味で二律背反する法律的解釈と都度向き合う必要性もあります。

ほかにも要因はありますが、これまで関わった製造業・運送業・サービス業など多岐にわたるクライアントと比較して、上記のような要因の改善を図る課題感は医療でとくに強く実感しています。現時点では、まだ医療機関での産業保健サービスの取引はないですが、今後ご縁があったら自身の経験を還元して貢献していければと思います。

――従業員のケアのために産業医を導入している病院・クリニックはありますが、労働環境の改善に至っていないケースも多くあるように思います。医療機関における産業医の役割をどのように考えますか。

 医療機関においても専ら産業医業務を担う医師や一定の経験がある医師が産業医として医療従事者の労働状況や福利厚生などに関与することは有効だと私個人は考えています。しかし、やはり現在の医療機関での産業医業務には課題もあります。課題の一つは、医療機関で産業医業務を担う医師が専ら産業医として従事していないことや一定の経験などを有していないことです。現在は法律的に規制されていますが、医療機関では使用者の臨床の医師が産業医を兼務していることが多く、コンプライアンス遵守すら満たせない水準の産業保健体制の医療機関も少なくなかったのではないかと思います。

今でこそ使用者がその医療機関の産業医になることが規制されていますが、やはり産業医業務を専ら医療機関で担えている医師や一定水準の経験を有している医師は少なく、質的量的な産業保険業務の介入は限られていると思います。産業保健サービスは端的に言えば職場の福利厚生の一つのため、50人以上の常用勤労者がいる医療機関では臨床を主に従事している医師や看護師・保健師とは別に、専ら産業医や産業保健師として従事している人材・一定水準を満たす経験を有する臨床医師を、十分な時間産業保健業務を担当可能とさせる・外部産業保健サービスを活用することが一つの有効策かもしれません。

また、大前提としてどれだけ産業保健の福利厚生環境を整えても、やはりトップの使用者が働くリスクや健康について考えていかないと、職場の企業風土として変わりません。この点は先ほど説明した心理的安全性に通ずる点でもあり、産業医サービスでは従業員の意識付けなどはできますが、どれだけボトムの従業員の意識が変わってもトップの使用者と相思相愛にならなければ効果は限られてしまいます。

使用者の従業員に対する労働の考えがそぐわない一例としては、1カ月45時間以上の残業を制限する労働基準法の36(サブロク)協定にギリギリ掛からないよう44.9時間に書類上調整して「コンプライアンスに遵守しています」というような職場もあります。根本的に環境改善しなくてはならない問題なのに、「いかに時間をセーブするか」という目先の対策に向かってしまい、本当に大切なことが使用者や労働者双方の当事者から見えなくなっている現実があります。もちろん、日本の労働基本法などの法律はある程度科学的根拠や時代背景に基づきながら変遷しているため、コンプライアンス遵守という最低限の水準を確保するだけでも職場のホワイト化は進みます。幸いにも2024年4月から月100時間を超える時間外・休日労働を行う勤務医に対する面接指導が義務付けられるので、上述の課題などをいかに現場に伝えていけるかが産業医や行政の勝負になると思います。

――医療現場の労働環境改善のため、経営陣が取り組むべき改善策はありますか。また、現場スタッフが取り組める改善策はありますか。

 

 個人的には、簡単にどの医療機関でも誰でもできることとして、日本の医療は不要・重複・冗長の「やらなくてもいいこと」が多いので、吟味して業務を取り除く(Remove)・減らす(Reduce)・代替する(Replace)・断る(Refuse)・再調整する(Rebalance)の5Rの努力の余地が大いにあると思います。

たとえば、土日の回診は数人でやれているのに、なぜ平日は大人数で回診するのか。そういった伝統的な風習についても疑問に思ったら、「本当に必要なのか」「チーム総勢で回診するメリットは何か」「少人数で回診するデメリットは何か」「大人数で回診するメリットを少人数で回診することで代替する手法はないか」と考えてみてほしいです。医療現場には専門性が高く属人的な業務を担える人材が少ないにも関わらず、必要以上の人数を割り当てて業務が重複している非効率な人的資源管理が多いので、そこを改善する余地があります。

一方で、これまでの風習を変えようとすると、必ず反対意見も出てきます。「回診に行かなきゃわからないことがある」という意見も理解できます。そこから一歩先のステップとして「じゃあ回診でしかわからないことは何か」と書き出して話し合ってみたり、経験のある上級医が回診のポイントをコメントして記録を残して誰でも閲覧できるようにすれば、若手も知識や経験が早く身に付き、より効率的に人的資源の拡充を図ることができます。しかし、これまでに何度も述べたように医療現場では救命するために伝統を強く重んじるという側面が、不幸にも心理的安全性を低下させているため、このような冗長性を排除する議論まではまだ達していないのが現状ではないでしょうか。

 電子カルテに関しても、診療において全患者に共通して必要な項目、とくにObjectの客観的情報やAssessmentの評価はリスト形式でチェックする方式に統一し、チェックリストで統一しつつもどうしても網羅性が担保されないSubjectの主観的情報やPlanの計画などなどはフリーフォームで書けるようにすると、情報が統一化・簡略化して見やすいし時間短縮にもつながると思います。術前のカンファレンスは、わざわざ全員が集まらなくても動画を撮影して、プレゼンターと手術の可否の水準を監視する医師のみが参加し、ほかの医師はシェアして自分の空いた時間などに必ず見る環境を整備することはできないでしょうか。

こういったことは経営陣がIT化(ICT化)やAI化などの運営効率改善とともに、組織の心理的安全性の向上促進に関与しないとなかなかうまくいきません。現場スタッフができることは意見を述べて提案して変化し続けること。再三述べたように、医療職は職業の中でもとくに心理的安全性が低いと言われており、疑問を持っても「こんなこと言ったら怒られるかも。それなら、黙っておこう」となかなか発言できず、結果的に医療ミスや組織の運営の改善が伴わないことで働き方の悪化と負のスパイラルを回すことになると思います。

負のスパイラルを止めるべく、心理的安全性を高めるには上級医が「伝統的にこうしてきたから」「若手はこうあるべき」という既存のフレームから「伝統的慣習のメリットを担保しつつデメリットを改善するにはどうすればいいか」とリフレームしたりパラダイムシフトできるように医療機関風土を変えていくのは経営陣の役割です。現場スタッフが勇気を出して言ってくれた意見を受け入れることができたら、日本の医療は劇的に変わっていくのではないでしょうか。そのためにも、使用者も上級医も若手も、多様性を受け入れるということを今一度考え直してみていいのかもしれません。

インタビューに答える佐藤将人氏

――「健康」と「経営」を両立させるためのメソッドがあれば教えてください。

 経営面から考えますと、やはり売上を確保しなくてはなりません。売上の指標は「顧客数×顧客単価×リピート率」で表せます。医療現場で考えると、「患者数×診療報酬点数×再診率」になり、日本は診療報酬点数を国が決定するというある意味で共産主義的側面があるため、この中で変えていけるのは患者数を増やすことと再診率を上げていくことです。医師など属人性の高い医療職の介入が不要な作業をできるだけ減らし、患者満足度を向上させつつ、1日に診療できる患者数を増やしていく必要があります。

 このサイクルを回すために、時間外勤務を削減して決められた時間の中できっちり働く勤務体制にすれば、労働時間の適度化を図った医療従事者の満足度や健康度も高くなり、結果として心理的安全性や患者満足度の向上による生産性改善とともに経営の収益化の改善も果たすことが可能です。作業を簡略化していけばミスが減ることもこれまでの研究によってわかっています。管理面で考えると大病院よりも中小規模のクリニックのほうが着手しやすいですね。昨今のクリニックではかなり成功事例があるように見られ、根本的な戦略は大病院でも中小病院でも変わりないかと思います。そのため、病院も人的資源の有効活用にフォーカスすれば改善していけると考えます。

――今後の事業展開はどういったビジョンをお持ちですか。

 弊社のように医師と経営コンサルタントの事業を兼ねている企業は全国的にも珍しく、仙台市だとおそらくほかにはないのではないかと思います。その分、私がお客様の悩み解決に寄り添い貢献できるかもしれない機会も多いはずなので、引き続き需要を掘り起こして、需要に不足なく対応できる「地域オンリーワンとナンバーワンの産業医」になれるよう努めます。私は東京都出身ですが、大学時代から東北暮らしが長いですし、仙台市の規模感が暮らしやすくてとても好きです。たからこそ、今日まで人口動態的・地理的・心理的に差別化して活動できていると思っているので、今後も腰を据えて地域特有のニーズを読み取りながら応えていきたいです。

 

◆佐藤 将人(さとう・まさと)氏

2014年に東北大学医学部医学科卒業。2014年4月から2018年3月まで山形県立中央病院初期研修医・専門研修医(外科)。2018年4月、東北大学大学院医学系研究科博士課程入学・入局。2019年4月から半年間、国立がん研究センター中央病院肝胆膵外科短期レジデントを経験。大学院在学中の2021年6月、合同会社SUGARを設立。2022年3月に東北大学大学院医学系研究科博士課程卒業、2022年4月に合同会社SUGAR 代表社員に就任。

【取材・文・撮影=福岡美幸】

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