貧血が理由で就業制限は必要?就業制限を行う2つの基準と流れを解説
貧血は、血液中のヘモグロビン濃度が低下して、その影響が全身に及ぶ状態です。仕事や日常生活に支障をきたすことがありますが、「体調不良のようなもの」「めまいがあるが一時的だ」という認識がある人もいるでしょう。
しかし、業務が貧血を悪化させたり、安全配慮上のリスクが伴ったりする場合には、就業制限を行う必要があるケースもあります。
本記事では、貧血の社員がいた場合に、就業制限を行うための2つの基準を解説します。貧血の症状や分類、就業制限を行う流れについても理解できるような内容ですので、ぜひ参考にしてみてください。
貧血とは?
貧血は、血液中のヘモグロビン濃度が低下する状態をいいます。身体の組織に酸素が十分に行き渡らず、倦怠(けんたい)感やめまい、頭痛、息切れ、動悸(どうき)などの症状がみられます。
貧血を測るための代表的な指標は、ヘモグロビン濃度(Hb・血色素量)です。男性で13.5~17.6g/dL程度、女性で11.3~15.2g/dL程度が正常値とされます。必要なヘモグロビン濃度は個人差がありますが、一つの目安となる数値だといえるでしょう。
さらに、貧血について、医学的な観点から具体的な症状や分類について解説します。
参考:日本内科学会雑誌 104 巻 7 号「貧血の分類と診断の進め方」(PDF)
症状:全身に生じるが自覚症状がないこともある
貧血は、以下のような症状が代表的です。心臓や血管、皮膚、消化器など全身に生じるケースが多いとされます。
- 心臓や血管、呼吸器症状:倦怠感、動悸、息切れ、めまい、下肢のむくみ、頭痛
- 皮膚や粘膜の変化:顔色が悪い、まぶたの裏が白い、爪の色が悪い
- 目の症状:視力低下
- 消化器症状:食欲不振、下痢、便秘
貧血による症状の特徴は、自覚症状がみられない場合があることです。慢性化した貧血の場合、ヘモグロビン濃度が8~9g/dLまでは無症状であるケースも少なくありません。7g/dLを下回ると頭痛や耳鳴り、めまいなどの症状、6g/dL以下で心不全症状がみられることがあります。
貧血状態に慣れてしまうと、症状を自覚しにくいことが多いでしょう。さらに、動悸や消化器症状は、貧血に限定した症状ではないため、特定が難しいこともあります。
分類:赤血球の大きさにより3つに分けられる
貧血というと、鉄分やビタミンが不足することで起こるというイメージが強いですが、それだけではありません。貧血は、赤血球の大きさを示すMCV(平均赤血球容積)の値によって、以下の3つの分類に分けられます。
- 小球性貧血
- 正球性貧血
- 大球性貧血
小球性貧血
赤血球の体積が正常よりも小さく、MCVが80fL以下の状態です。ヘモグロビンを生成する材料が不足することにより生じる貧血で、鉄欠乏性貧血が代表的です。疲れやすく動悸がしたり、顔色が悪くなったりするような症状を特徴とします。
正球性貧血
赤血球の大きさは正常ですが、出血や溶血が原因となり生じる貧血状態です。出血性の貧血は、消化管などから出血して血液が失われることにより生じます。溶血性の貧血は、赤血球の膜が破れて壊れることで生じる貧血です。
大球性貧血
赤血球の体積が正常より大きく、MCVが101fL以上の状態です。未熟な赤血球ができてしまい、体内に酸素がうまく行き渡らなくなることで生じます。
悪性貧血が代表的で、ヘモグロビンをつくるのに必要なビタミンB12を消化管から吸収できなくなることが原因の一つです。貧血の症状だけでなく、舌の痛みや味覚障害、手足のしびれなどが生じることが特徴です。
貧血には就業制限が必要?
健康診断で貧血の疑いのある社員がいた場合、会社としては、どのような配慮を行えばよいのでしょうか。
安全性の確保や業務により貧血が悪化してしまう場合は、産業医の意見を踏まえて就業制限が行われるケースがあります。就業制限を行う際の基準と流れを解説します。
就業制限を考慮する2つの基準
就業制限を行う目的は、以下の5つだと考えられています。
- 就業が疾病経過に影響を与える場合の配慮:(例)心不全のある社員に、筋肉に強い負担のかかる作業を制限する
- 事故・公衆災害リスクの予防:(例)意識の消失など、運転に危険を伴う疾患を有する社員の業務を制限する
- 健康管理(保健指導・受診勧奨):(例)高血圧の社員に残業禁止を適用し、病院への受診を促す</li>
- 企業・職場への注意喚起・コミュニケーション:(例)残業が多い部署に対し、高血圧の社員は一定の残業時間に制限する
- 適性判断:(例)高齢の社員に適した作業を割り当てる
貧血に関連するのは、1と2の目的だといえます。就業制限を決める際には、貧血症状がどの程度生じていて、病状悪化や事故リスクを抑止する必要があるかどうかが判断基準です。「病状悪化の抑止」と「事故の防止」という2つの観点を詳しく説明します。
参考:産業衛生学雑誌 2012; 54 (6): 267–275「産業医が実施する就業措置の文脈に関する質的調査」(PDF)
ポイント①:業務が貧血を悪化させないか
業務に従事することで貧血を悪化させるかどうか、という点が就業制限を行う判断基準の一つです。労働安全衛生規則第61条「病者の就業禁止」にもとづく就業制限であり、医学的な判断の要素が強い就業制限です。
具体的には、運動に関する負荷が大きい作業には注意が必要だといえます。貧血が進行すると、体内に十分な酸素が行き渡りにくくなります。すると、肺や心臓が何とか酸素を取り入れようとして負荷がかかり、心臓に負担をかけてしまうでしょう。
貧血の症状がある場合は、重い荷物の持ち運びや身体全体の筋肉を使う作業を制限し、軽作業を行う方がよいといえます。症状が落ち着いており、自覚症状がない場合でも、病状悪化につながる可能性があるため、注意が必要です。
ポイント②:事故につながる危険性はないか
貧血症状が業務中の事故を引き起こす可能性がないか、という点も判断基準として重要です。貧血により生じるめまいや身体の脱力は、事故を引き起こす可能性があります。めまいや脱力が生じる程度や頻度から、事故の危険性を見積もることで、就業制限の必要性を判断します。
たとえば、高所での作業では転落や墜落事故につながる可能性があるため、就業制限が考えられるでしょう。そのほかにも、運転や重い荷物の持ち運びを制限するケースもあります。
事故リスクに配慮した就業制限をどの程度まで行うのかは、会社がリスクを許容できる範囲によります。「めまいを頻回に繰り返している場合は配慮する」など、就業制限の基準について、社内で共通認識を持っておくことが大切です。
就業制限を行うまでの流れ
貧血に関する就業制限は、どのような流れで行われるのでしょうか。担当者が把握しておくとよい実際の流れを紹介します。
1.健康診断を実施し、結果を通知する
健康診断を実施し、貧血検査の数値に異常がないかをチェックします。ヘモグロビン濃度、赤血球数、ヘマトクリット値から貧血の有無を把握できます。それぞれの数値の正常値は以下の通りです。
- ヘモグロビン濃度(Hb):男性13.5~17.6g/dL、女性11.3~15.2g/dL
- 赤血球数:男性427~570×104個/μL、女性376~500×104個/μL
- ヘマトクリット値:男性39.8~51.8%、女性33.4~44.9%
貧血検査は、医師の判断によっては、35歳を除く40歳未満の社員に対しては省略できることがあります。貧血は自覚症状がなく、健康診断で初めて気付くというケースも少なくありません。省略する際には、産業医と省略する基準を決めておくことが大切です。
健康診断で異常が認められた場合、精密検査などの二次健診の受診を促します。二次健診の受診結果も会社に提出するようにルールを決めておくことが大切です。
2.産業医の判断にもとづいて事業者が対応を決める
健康診断結果をもとに、医師が業務上の制限が必要かどうか、就業判定を行います。「要精密検査」などの健康診断の判定区分とは異なり、就業上の措置を判断するものです。就業判定には、以下の3つの区分があります。
- 通常勤務:通常の勤務でよいもの
- 就業制限:勤務に制限を加える必要のあるもの
- 要休業:勤務を休む必要のあるもの
医師の判断にもとづき、事業者が対応を決定します。どのような措置をとるのかについては、社員本人から意見を聞いて、納得できるように話し合うことが不可欠です。とくに、本人に貧血症状の自覚がなかったり、症状を重く捉えていなかったりする場合は、丁寧な説明が必要です。
産業医がいる場合は、同席してもらい、対応について話し合うことが適切でしょう。
参考:厚生労働省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(PDF)
まとめ:貧血の症状を見過ごさないようにしましょう
業務によって貧血を悪化させる可能性があり、事故のリスクが想定されるときには就業制限を行う必要がある場合があります。貧血の症状は、自覚がないケースも少なくありません。社員や顧客の安全を守るためにも、貧血が疑われる社員がいないか、チェックする体制を整えておきましょう。